【喫茶去(キッサコ)】
1.2.3.4!!のカウントで演奏が始まる。
ハートを盗まれた瞬間!!
笑顔とか、しぐさとか、言葉とか。
思い出してみよう、あの日の笑顔を、あの日の気持ちを

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このサイトにも頻繁にコメントを寄せていただいている姫さんが、つい先日サイトを公開した。
その名は【喫茶去(キッサコ)】
唐代の有名な趙州禅師の言葉。
「喫茶」というのは、お茶を飲むこと。「去」は行きなさいということ。
「まあひとつ、お茶でも飲んで行きなさい。」と、言う意味とのことですが、「去」を、むしろ、自分からどこかへ行くという言葉に解釈して、一緒に【お茶を飲みに行こうよ】というふうにも理解してください、って事です。
初めてお会いした時が、宴の席でしたね。
お茶、飲みにいけるのは、いつごろでしょう?
次もお酒になりそうですが……。
そんなわけで、目に留まった言葉「虹」にちょろっとレビューというか感想らしきもの。
この言葉に、忘れようとしていたダイヤルの事を思い起こすのか。
電話を手に持ちながら、躊躇する姿が目に浮かぶ。
誰もが秘めているであろう淡い思い出、そんな風景を思い起こすのだ。
雨上がりの空という言葉が、先ほどまで降り続いていた雨を、そして心象風景を私のココロに描き出す。
雨上がりの空、灰色の曇天模様から雲の切れ間に覗く青空と、そしてその先に見えているであろう虹。
その無彩色から鮮やかな色彩へのグラデーションが、彼女の心の中で、きっとなにかの答え、決意が覗いたであろう事をうかがわせる。
それは、一抹の望みかも知れず、思いを断ち切るための行動かもしれず。
ダイヤルの呼び出し音という儀式。
時は流れ、虹は消えた。
そして太陽を追いかけ、その笑顔をただひたすら、日の射しこむ方へと向け続けるヒマワリ。
明るい、ひたむきな想いを、ただひたすらに向け続ける向日葵。
虹の消えた抜けるような青い天に、太陽を写しこむ地の向日葵。
次の雨降りの日は
いっしょに 過ごそうね
この言葉に、私は安堵感と寂寥感を同時に覚えるのだ。
そんな物語を、私は行間の中から拾い出した。
もしかすると、その行間は私の遠い思い出なのかもしれない。
読み返すと、今度は違ったストーリをつむぎだすかもしれない。
言葉は時に、書き手のみならず、読み手の心を映す鏡になる。
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コメント
すっごーい(*^_^*)
うれしー!♪♪スターになった気分♪♪♪
☆ありがとうございますです☆
>言葉は時に、心を映す鏡になる
ハートの中を覗かれてるようでちょっとお恥ずかしい・・・
私の詩の言葉はひとつ、ふたつがキーワードになって発展します。
まっ空想、想像、ときにほんとのことがあったりのストーリー展開。
あしからず(^_-)
【こころの詩】がたくさんの人の心に響いてくれたらいいなあ~
投稿者: ひめ | 2004年05月22日 00:02