そのときハートは盗まれた

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そのときハートは盗まれた

1.2.3.4!!のカウントで演奏が始まる。
ハートを盗まれた瞬間!!
笑顔とか、しぐさとか、言葉とか。
思い出してみよう。
あのときの気持ちを
あの日の笑顔を

2005年11月24日| Education[教育]

 先日、父親になられたばかりのDJ氏に連れられ病院へと出かけた日のこと。お子様をその胸に抱く母親の母性と優しく見守るDJ氏のまなざしを見ながら、一緒に遊んでいた友人がこうして年齢を重ね、共に自分もオトナになっていくのだなぁと感じた。

 その後、場所を移して少し早い夕食をとりながら、子供は自分の環境から学ぶことが大きいのでDJ氏の多趣味な(というか深い)環境に常日頃接していると、どう育つのだろう楽しみだねなんて事を、話しているところで、趣味の話になった。

 趣味は何だ?という話に……。

 私の趣味は何だ?

 読書って言うほど、本を読んでいない。買うときにまとめて数冊買って読んだり、二晩で十数巻読みふけってみるとか年に数回あるくらいで、読んでない。何を読んだといわれても答えられないし。

 音楽鑑賞っていうほど、聞いていない。通勤時間に車内で聞くくらいはあるけれど、音の粒立ちごとに聞いてその重なりを楽しむとか、ゆっくりと音楽を聴く時間を最近めったに取れていない。聞き出せばドップリはまるだろうけれども、そういや新しい音源を捜したり、最近CDすら購入していない。手持ちのCDを繰り返しipodかポータブルCDで聞くばかり。

 楽器演奏というほど、何か一つの楽器を演奏できるわけでもない。嫁との唯一の接点であるピアノも、最近はほとんど演奏していない。歌本をみて、適当にコードの流れに身を任せるくらいだ。

 そういやオヤヂから、嫁の前で機材マニアなんじゃないかなんていわれた事があったが、機材マニアといわれるほど新製品情報を追いかけるわけでもないし、キーボードマガジンとかSRマガジンとか定期的に読んでいたのは10年近く前の話になる。というか金が続かないので無理な物欲はカラダに悪い。

 写真・カメラというほど、撮影枚数も機材も心もとない。本来ひきこもりがちで外に撮影に行くのも億劫だ。むしろ最近は嫁のほうが写真を撮影している気がする。

 プラモデルも思いついたように塗装して組み立てたりしたもののいつのまにか組立て途中で数年経過している。

 電子工作をしようとしても、エフェクターを分解したり、回路図を探したりしたところで止まっている。

 パソコンに詳しいように思われて質問される事が未だにあるけれど、仕事などの必要に迫られて調べた結果だったりして、余暇の時間にまでパソコンを弄ろうとは思わない。実際、自宅でパソコンを弄るというのは数年前に自宅の環境が調子悪くなって以来、億劫になってしまっている。使えればいいんじゃない?みたいな。


嫁が言うには広く浅くって事だが、自分で振り返るとなんか中途半端っていうか、継続してる興味が殆どない……。

 継続している趣味ってあるのか?



 いやその前に、趣味ってなんだ?
 ■趣味とはhttp://www.google.com/search?hl=ja&lr=lang_ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E8%B6%A3%E5%91%B3%E3%81%A8%E3%81%AF&num=50

 今、この瞬間、何かを理解した。
 そう、『趣味とは』という単語で検索した瞬間。

 何か疑問に思ったこと、ふと脳裏をよぎった単語、それを調べようとする事。
 知りたいという欲求が満たされる事。ここで大方の欲求が満たされているのかもしれない。
 (S.D.C君には、その興味の方向がマニアックで予想できないと言われたが本人にそんな属性はないと思っている。

 そういえば、小学生の時分から調べるという行為が大好きだった。本を読むのが好きだった。
 百科事典から、新聞、タウンページまで。果ては、チラシを集めたりもした。(切抜きでチラシの再構成なんていうサンプリング&コラージュなんて事をしてみたり。
 そしてインターネットにアクセスできる環境により、様々な情報に触れるチャンスを得る事となった。
 

 新年の抱負で、今年(来年)こそは『趣味を作る』なんて、ここ数年毎回のように言っては白い目で見られているけれども、もうそんな必要は無い。

 趣味は?って聞かれたら、こう答えよう。
 「いろんなものを調べることかな。その時々で何に興味があるかは変わるけど。」

 ……。

 通常は、何を見たり聞いたりすることに楽しみを感じるか?というより具体的な部分を趣味と呼ぶような気もするのだけれども、なんだか面倒くさくなってきたのでこれはこれでアリのような気がしてきた。随分乱暴な気がするけれど。

 どうみてもミーハーです。ありがとうございました。

 ■ミーハーとは→http://www.google.com/search?hl=ja&lr=lang_ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%81%AF&num=50

2004年04月13日| Education[教育]

Net Hoaxes Snare Fools All Year

円周率を「聖書に基づく値」3.0に変更

 上記のリンク先記事は、エイプリルフール前日に書かれた、「ネットはいたずらや嘘・ホラが広がりやすいよ、嘘を嘘と見抜けない人は~。」という風味。強引に要約するとそんな感じ。

 その中に、流布している例として「一酸化二水素の危険を告発ネタ」も引き合いに出てました。
ご存じない方に引用。

一酸化二水素(Dihydrogen Monoxide:DHMO)の規制を!

DHMOは無色、無臭、無味であるが、毎年無数の人々を死に至らしめている。殆どの死亡例は偶然DHMOを吸い込んだことによるが、危険はそれだけではない。DHMOの固体型に長期間さらされると身体組織の激しい損傷を来たす。DHMOを吸入すると多量の発汗、多尿、腹部膨満感、嘔気、嘔吐、電解質異常が出現する可能性がある。DHMO依存症者にとって、禁断症状はすなわち死を意味する。

DHMOは水酸の一種で、酸性雨の主要成分である。地球温暖化の原因となる「温室効果」にも関係している。また重度の熱傷の原因ともなり、地表の侵蝕の原因でもある。多くの金属を腐食させ、自動車の電気系統の異常やブレーキ機能低下を来す。また切除された末期癌組織には必ずこの物質が含まれている。

汚染は生態系に及んでいる。多量のDHMOが米国内の多くの河川、湖沼、貯水池で発見されている。汚染は全地球的で、南極の氷の中にも発見されており、中西部とカリフォルニアだけでも数百万ドルに上る被害をもたらしている。

この危険にも関わらず、DHMOは溶解や冷却の目的で企業利用されており、原子力施設や発泡スチロール製造、消火剤、動物実験に使われている。農薬散布にも使われ、汚染は洗浄後も残る。また、ある種の「ジャンクフード」にも大量に含まれている。

企業は使用済みのDHMOを大量に河川、海洋に投棄しており、それはまだ違法ともされていない。自然生物への影響は限りないが、我々は今のところ何も出来ないで居る。

アメリカ政府はこの物質の製造、頒布に関する規制を「経済的理由から」拒んでいる。海軍などの軍機関はDHMOにかんする研究を巨額の費用を投じて実施している。目的は軍事行動時にDHMOを効果的に利用するためである。多くの軍事施設には、地下に近代的な施設が造られ、後の使用に備えて大量のDHMOが備蓄されている。

 一酸化二水素って……。
 水。

 ちなみにこのネタ、Urban Legends Reference Pages: Toxin du jour (Dihydrogen Monoxide)から引用ですが、1997には14歳の中学生がこの「告発文」をつかって「私たちはどれくらいだまされやすいですか。」というレポートでアイダホの科学博で行われたコンテストの賞を取った模様。そう書いてあった。


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| Education[教育]


  教育の世界に携わってはいないけれど、もしこれから先、人の親となることがあれば考えなきゃならないだろう。そんな気持ちで4/12の記事そのときハートは盗まれた:  世界は俺を中心に回ってるを取り上げた。

 近視眼的には、雇用する方向で動いている現在の職場での新人教育も含まれますが、それも踏まえつつ、これをキッカケに自分の中の引き出しが増えればいいなぁ。(つぶやき)

 古今東西、今まで多くの先人がいろんな方法で試み、まだ「これが正解!」てのが無いって事は、きっと教育方法ってヤツは時代、言い換えれば主体との関係において常に変わっていくのでしょうね。

 求める結果・成果が何かによっても方法は異なるでしょうし、どれだけの人数の相手をしなければならないのか。そのときグループ内での基準はどこに求めるのか。

 一例として算数を例にとれば、「どうしてそうなるのか」という実験・実例から皮膚感覚での理解という方法で促すか、例題の解決という「解く喜び」を体験することにより促すか。これも主体者によって効果的な方法は異なると予想できます。
 限られた時間の中で前者に重きを置けば、例題演習に割く時間が少なくなる事が予想されるし、かといって後者主体では学ぶこと・学んだことを技術として身に着けるに留まるもしくは、肌で感じるのが難しいのではないかという事も予想される。

 要はバランスなんだろうけれども、そのバランスも時代、もしくは主体との関係によってそのとき・そのばで漸進的に変化しているんだと思う。昨今のゆとり教育とか教科書問題とか、いろんな方法を探しながら、「みんなで幸せになろうよ」って方向でみんなで悩んで答えを探してるんだと思っているし、そう思いたい。

 勉強・学習・教育の定義なんてことを考えると話はどんどんふくらんでいきそうです。ゆっくりと時間をかけて、気になるニュースがあれば順次追加していきたいテーマかな?


【学習】(名)スル
(1)まなびおさめること。勉強すること。
「新しい教科を―する」
(2)〔生〕
生後の反復した経験によって、個々の個体の行動に環境に対して適応した変化が現れる過程。ヒトでは社会的生活に関与するほとんどすべての行動がこれによって習得される。
(3)〔心〕
過去の経験によって行動の仕方がある程度永続的に変容すること。新しい習慣が形成されること。
(4)〔教〕
新しい知識の獲得、感情の深化、よき習慣の形成などの目標に向かって努力を伴って展開される意識的行動。


三省堂提供「大辞林 第二版」より

【勉強】(名)スル
(1)学問や技芸を学ぶこと。学習。
「―部屋」「おそくまで―している」
(2)ある目的のための修業や経験をすること。
「何事も―だと思ってやってみる」
(3)(商人が)商品の値段を安くして売ること。
「―しますのでお買い下さい」
(4)物事にはげむこと。努力すること。
「職業に―する精神あること/西国立志編(正直)」
(5)気が進まないことをしかたなくすること。
「―して櫓を揺しゐたれば/甲子夜話」
(4)が原義〕


三省堂提供「大辞林 第二版」より

【教育】(名)スル
他人に対して、意図的な働きかけを行うことによって、その人間を望ましい方向へ変化させること。広義には、人間形成に作用するすべての精神的影響をいう。その活動が行われる場により、家庭教育・学校教育・社会教育に大別される。
「子供を―する」「義務―」「―のある人」


三省堂「大辞林 第二版」より

2004年04月12日| Education[教育]

太陽は地球の周りを回っている

「太陽は地球の周りを回っている」…小学生の4割

 表題、ジャイアニズム満開なタイトルですが、小学生がそんなキモチという調査ではなく、教育の方法に疑問を呈すという記事。だとおもう。よく知らんけど。


 小学生の4割は「太陽が地球の周囲を回っている」と思っている――。国立天文台の縣(あがた)秀彦助教授らが行った調査で、天文現象に対する子供たちの理解の乏しさが浮き彫りになった。

 あぁ、あれですか。ゆとり授業がとかですか?
 教科書に記載されることも、世代によりギャップがあるので、先生も大変ですよね。
 なんだか、文字の書き順すらも、年代により違うのですよね。
 「お前、学校で何習ったんだ!?」と理不尽に怒られたりすることがあるわけです。
 とまぁ、そんなことはおいとくとして、調査の内容ですが


 長野市と北海道上富良野町の公立小学校の4、5年生計116人を対象に行った。「地球は太陽のまわりを回っている」「太陽は地球のまわりを回っている」という2つの文章から正しいものを選ばせたところ、41%が“天動説”を選んだ。

 サンプル数が少ないので、いまどきの子供ってこうなんだぁ、由々しき事態です!とかは思ったりはしませんが、なんだかなぁ。


 同助教授らはまた、2001―2004年の間に、長野市、上富良野町、広島市、東京都三鷹市の小学校4―6年生の約500人に対する調査も実施。「日が沈む方角はどこか」「月の形が毎日変わるのはなぜか」という質問の答えを4つの選択肢から選ばせた。

 とのことですが、皆さん答えられますか?

 「いろいろな形の月があるから」って回答は無しの方向でお願いします。
 ボケは期待してません。(と振ってみる。

 上記調査の結果について「現在の学習指導要領が、目で見える事象の観察や実験を強調し、なぜそういう現象が起きるのかを考えさせる仕組みになっていないため」と分析されているようです。

 もしも自分に子供が出来たらどうなるのだろうとか、この手の記事を読むときに思うのです。
 時折聞かれますが、子供はいませんし、まだ予定もございません。念のため。(一人じゃ作れないし……)

 日々、生活の中で目にする事象をあるがままに受け止め思考を停止することも一つの生き方ではあるかもしれませんが、出来ることならば目の前の事象から「なにか」を感じる、または感じる余裕を心に持ち続けたいですね。

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